原点と矢印の反転、脱皮

自分の核となるモノを形成する際に、大きな影響を及ぼした存在たち。
言い方を変えれば、短期的にではなく、普遍的とも言える位に影響を受けた存在たち。
10年以上前に出会ったものもあるけれど、それから多くのものを身につけ、変化してきたであろう10年後の自分に対しても、当時と同じように響きます。
それらが何であるか、という話ではありません。
書くつもりもありません。自分を晒しているような気持ちになってしまいます。

ここ数日、妙な違和感を自分の中に感じていました。
普段はあまり感じない、苛立ちのようなものを自分の中に気づく時も度々ありました。
思い当たる原因はあるのだけれど、それでも納得がいかず、おかしいなあ、と。

先日、自分の人生を変えたともいえる人との出会いがありました。
とても感激したし、感謝の気持ちを伝えられた事が何より嬉しかったです。
が、奇妙なことに、その忘れられない一日のあとでさえ、自分の中にある違和感は残り続け、それどころか、さらに膨れ上がりました。

そして、自分の無意識の行動にヒントが隠されていたようです。
なんとなくインターネットを使っている時に、ふと探したくなるのは、もう何年も、ものによっては10年以上も離れていたモノたち。
そしてそれらに再会するにつれ、自分の違和感の正体が分かった気がします。

気が付けば、もう25年間生きています。
自己というものに気づいてから、多くのモノに影響を受け、その影響から逃れては、また新しいモノに影響を受ける、ということを繰り返して、今の自分がいます。

夢であった舞台に到達した事によって、既存する存在に向けていた矢印は、自分の中に向き始めています。
もちろん、たかだか25年間で分かったこと等、たかが知れているのは承知です。
だけれど、今までに経験したことのない根本的な変化が起こってきている、そんな感じがするのです。
脱皮をする昆虫は、こんな気分なのでしょうか。
だからこそ、変わる前の自分に普遍的な影響を及ぼした、原点ともいえる存在を求めたのか、というのが自分の今のところの理解です。

自分の勘違いかもしれませんが。
一休さんカットの頭が風邪を引いただけかもしれませんし。
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by u2k_maru | 2008-12-07 11:33 | 思う事
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