遠征の記録

日本語に復帰です。
とりあえず、自分の記録の為にも、この間の遠征について書くことにします。
だらだらといきます。

チームのEquipment manager(用具マネージャー?)が、年明けにめでたく子供を授かったので彼の代役として参加できることになった、今季最長の遠征。
5日に出発して、13日の明け方に帰ってきました。

5日
練習後、NYの練習場近くの空港に集合。
個人の荷物と、ユニフォームからトレーニング器具を含めた荷物を飛行機に積み込む。Oklahoma Cityに向けて出発。
夕方、Oklahomaの空港に着陸、誰よりも早く飛行機から降りて、飛行機からトラックへ荷物を移動。空港の係員とトラックの運転手に、どの荷物が必要で、どの荷物が選手達の乗るバスに行くのかを指示。飛行機の騒音に負けないように、怒鳴りっぱなし。
自分は、選手達の乗るバスではなく、山のような用具が積み込まれたトラックでホテルに移動。
ホテルに到着してからは、ホテルの係員達に、どの荷物をどの部屋に運ぶかを指示。
自分の部屋は、もう一つの部屋と繋がっていて、ほとんどのEquipment(荷物?器具?)は、その部屋に運び込まれます。
荷物の確認と整理をして、ホテルのジムでRoger(Head AT)とAnthony(Assistant AT)とワークアウトをして、軽く夕食を食べて就寝。

6日
朝、選手達の練習着をそれぞれの部屋に配達。
試合に使う用具(ユニフォーム、靴下やヘッドバンド、トレーニング器具、シューズケース、バックアップのシューズケース、さらにそのバックアップのシューズケース、などなど大量)を運び出して、スタジアムに向かうバスに積み込む。
10時くらいに選手もバスに乗り込み、朝のシューティングへ。
スタジアムに着いたら、自分はロッカールームのセットアップ。
ロッカーを割り当て、そこにユニフォームを掛ける。
靴下ひとつにしても、5種類以上あって、選手はそれぞれの好みがあるので、もらったメモを見ながら配分。(NBAの靴下には、種類によって異なった色のついた線がつま先に入っていて、分かりやすくなっています)
選手によっては、パッドのはいったタイツやアンダーシャツを着る選手もいるので、それらも配分。

セットアップを終えたら、コートにいって、Intern ATとしての仕事に。
練習が終わったら、選手達の使った練習着とシューズを回収。
練習着は、試合中に相手チームに洗ってもらって、次の試合地での練習に備えます。

ホテルに戻って、チームでのブランチ。
なかなか豪勢です。朝は食べる時間も場所も限られているので、ここで沢山食べます。

その後は、夕方までフリー。
自分は、やるべき事があったので、そっちの勉強をしてました。
チームバスが出発する1時間前に、ホテルのドアマンを呼んで、荷物を運び出し。
試合の直後に、次の土地へと飛ぶので、試合に出発するときにホテルをチェックアウト。
試合に使わない用具は、空港へと向かうトラックに積み込みます。

そして、試合に向けて出発。
スタジアムについたら、まずは練習着を相手チームのEquipment managerに渡して洗ってもらうように以来。
選手達が着替えているときに、違う色のシャツが欲しいなど、色々要望がでてくるので、出来る限り迅速に対応。
朝の練習の時に、一通りはセットアップしてあるので、一山過ぎれば、あとは割りと余裕ができます。
そうすると、今度はIntern ATとしての仕事にスイッチします。

試合中は、嬉しい事に選手と同じ列のベンチに座らせてもらいました。
試合中はそれほど忙しくないけれど、たまにヘッドバンドが欲しかったり、パッドの入ったアームスリーブが必要になったりすると、全速力でロッカールームに走って調達。
試合に出ている選手が何か必要な場合は、一度のタイムアウトを逃すワケにはいきません。

ハーフタイムが終わると、今度は片付けの準備。
試合と試合後に必要の無いものを、相手チームのボールボーイ達に指示して、空港に向かうトラックに運び出してもらいます。
この作業で、だいたい第3Qが終了。
第4Qには試合に復帰。

試合が終わった後は、ユニフォームを回収して枚数を数えてバッグに積み込み。
これらは、次の土地での朝のシューティングの際に、相手チームに洗ってもらいます。
試合後のトリートメントも手伝いつつ、荷物を全てトラックに積み込んで、終了。

試合が終わってスタジアムを後にするのは、夜の11時くらい。
それから、空港に向かい、トラックの荷物を飛行機に積み込みます。
日付が変わるくらいに、次の土地Dallasへ出発。

Dallasの空港に着くのは1時くらいだったでしょうか。
着陸後、だれよりも早く飛行機を折り、Oklahoma Cityに到着したときと同じ作業。
自分がホテルの部屋に着いたのは、夜中の3時くらいです。


7日
朝のシューティングの後は、自由時間。
Dallasで働いている、もろさんとお会いしました。
もろさんとは、共通の知人がいてずっと話を聞いていたので、ようやく、という感じです。
Arkansasでの元ルームメイトDustan夫妻も、1時間以上車を運転して会いに来てくれました。
この遠征中で、唯一夜遅くまで出歩きました。
とてもいい時間でした。

8日
Dallas Marvericks戦。
Oklahomaでの試合の日と、ほぼ同じスケジュールです。
試合後に、Houstonに向けて出発。

と、こんな感じで、一日置きにOklahoma→Dallas→Houston(9日10日)→New Orleans(11日12日)と4都市に移動して試合をしました。

New Orleansでの試合を終えて、NYの空港に着いたのは夜の2時過ぎ。
さらに、時差があるので1時間+。
床に着いたのは、13日の明け方でした。


Oklahoma Cityでは、Arkansasで一緒だったSteven Hillがルーキーとして契約していましたが、残念な事に自分が行く数日前に、D-leagueに送られてしまったようで再会ならず。
試合は、リーグ最低勝率のチームに第4Q前に20点差までつけられる有様。
コーチも怒り心頭でした。リンゴを壁に投げるかと思いました。
第4Qで、怒涛の追い上げを見せるも届かずに、敗北。

Dallasのゲームは実は日本のNHKで放送されました。
ここに告知するのも、なんかなぁ、という感じだったので、家族だけに連絡。
母さんは、俺の姿を確認できたようです。
このゲームが日本で放送される事をAnthonyに話したら、彼がNYの放送局に話をしてくれて、試合中、自分にカメラをアップで当てて自分の事を喋ってくれました。
上手い具合に、タイムアウト中で自分が働いている所を撮ってくれています。
これはNYの放送局なので日本で放送された物とは別ですが、今日、そのDVDのコピーをくれました。
家族に送ろうと思います。
試合は、接戦を演じたものの、最後に点を決めきれずに敗北。
Dallasのスタジアムは、音響効果があるのか、凄まじい声援でした。

Houstonは、T-macとRon Artestのスタメン二人を欠いていただけに、なんとしても勝っておきたかったのだけれど、Knicksは何故か飛車角落ちの相手に弱いのです。
この試合も例に洩れず、ロード3連敗。

ロード最終地のNew Orleans。
このロード4連戦の最終戦にして、最強の相手。
No1 PGのChris Paul率いる強豪。
が、たまに大物食いをするKnicks。
最終戦にして、ようやく白星。

試合前日の夜は、Anthonyと一緒に、アメリカ一CrazyといわれるBarbon Streetに行ってきました。この通りは、ラスベガスを除いて、アメリカでは唯一路上でお酒を飲んでいい場所。
路上で酔いつぶれて寝てる若者や、ビール片手に踊っている人達などなど。
色んなお店も大盛況でした。と、良い子向けの描写に抑えておきます。


最終戦の白星のおかげて、NYへの帰途はいい雰囲気でした。
相当タフなスケジュールだったけれど、AT以外の視点でチームに関われたこともまた、いい経験でした。
用具全てが自分の管理下にある、という責任も大きかったけれど、自分なりに工夫して仕事は果たせました。
相手チームのEquipment Managerたちとも仲良くなれたし、どうやってNBAのゲームが機能しているか、というのを、ほんの一部分でも体験できました。

このインターンでは、ATとしてだけでない、多くの機会を与えてもらっています。
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by u2k_maru | 2009-01-17 15:21 | Knicks
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